熱処理の豆知識
はじめに
金属の熱処理は、身の回りの様々な場面で利用されています。
たとえば、家の中にあるベッドやソファなどに使用されているバネ、
強度や弾性を上げる処理に熱処理が行われています。
また、台所で使用される金属製の調理器具、包丁などは切れ味を上げる為に、
硬くなる熱処理が行われています。
他にも、カッターナイフやはさみ、車の部品や整備する工具類など
身の回りの金属製品のほとんどは何らかの熱処理を行っています。
弊社でもロールや刃物をはじめとして様々な製品で熱処理を行っています。
ここでは、熱処理について簡単に色々と紹介していきます。
イギリスの冶金学者ロバート・オーステン(William Chandler Roberts-Austen)が発見した金属組織。
鋼をA1変態点以上に加熱したとき得られます。(A1変態点=オーステナイト化温度を指します。)
オーステナイト化温度は材料の種類によって異なります。
冷間工具鋼であるダイス鋼(SKD-11)のオーステナイト化温度は、約1,000℃ぐらいです。
2014.10.06 更新:TN
ドイツの冶金学者アドルフ・マルテンス(Adolf Martens)が発見した組織。
安定なオーステナイトから、急冷する事(焼入れ)で得られます。
鉄の結晶内に炭素が浸入した固溶体で、硬くて脆い組織です。
焼入れ後は、この脆さを改善する為、焼き戻しを行い靭性を向上させます。
日本では古来より日本刀などの刃先に形成されていた組織で、
伝統的に熱処理技術を継承していました。
わが社でも破砕機刃物の熱処理を自社設備で行っています。
匠の技でお客様に最良の刃物をお届しけします。
2014.12.12 更新:TN
最も基本的な金属材料の熱処理技術です。
金属を高温に加熱した後、急激に冷却して金属組織の構造を変える処理のことをいいます。
前回に説明した、オーステナイトとマルテンサイトという言葉を使って説明すると、
金属組織を、オーステナイトに変化させて、急激に冷やすとマルテンサイトという組織に変化します。
オーステナイト⇒(急冷)⇒マルテンサイト とする熱処理のことを「焼入れ」と呼べます。
この金属組織の構造変化によって、鋼(はがね)を硬化させることが出来ます。
その特性を利用し、加熱や冷却をコントロールする事が「熱処理」であり、
鋼の性質を向上させることが出来ます。
ただし鋼の種類によっては、焼入が出来ないものもあります。
2015.01.23 更新:TN
焼入れ後の金属材料を比較的低温(焼入れ温度より低い温度(700℃以下))に、再加熱して冷却する熱処理です。
焼入れ後の材料は、組織が不安定に固まっており、長時間放置していると内部応力で割れてしまいます。
そのため、原則として焼入れ後速やかに焼戻し処理を行う必要があります。
(冬場などは特に大気の温度が低い為、気をつけて作業する必要があります。)
焼戻しをする理由としては、前記のとおり内部応力を分散させるためです。
焼入後の金属組織は不安定な状態で固まっています。
このまま放置していると、内部の応力によって金属組織にひびが入り割れてしまいます。
この応力を分散させるために、150~200℃の温度で再加熱する必要があります。
また、焼き戻しの温度を上げていくと、内部の応力が減っていきます。
内部の応力が減ると硬度が下がりますが、金属特有の粘り(じん性)が増していきます。
この硬度とじん性はトレードオフの関係にあるので、
機械を設計する際に部品ごとに最適な硬度を決められています。
そのため、焼き戻し条件は製品によってそれぞれ違っています。
焼入は設備があれば出来ますが、焼戻し条件は熱処理屋独自のノウハウです。
一朝一夕には完璧な処理は出来ません。最良の製品をつくる為に日々研究しています。
2015.02.09 更新:TN
焼きなましにはいくつか種類がありますが、
代表的なものに「完全焼きなまし」があります。
材料内部の応力や、熱問加工で生じた内部応力を除去する為に利用されます。
熱処理方法は、適切な温度まで加熱~均熱~徐冷です。
この徐冷がポイントで速く冷却をすると、焼入のように応力が残り硬くなってしまいます。
金属組織内部の応力を完全に除去する為には、非常にゆっくりと冷却する必要があります。
ただし、処理に長い時間がかかるので、軟化させることが目的なら「低温焼きなまし」を行う事があります。
この処理は、完全焼きなましよりは処理温度が低く、冷却も炉冷でなく空冷を行うため、早く処理が出来ます。
2015.03.16 更新:TN
焼きならしとは、
前加工で生じた応力の影響を除去し、結晶粒を微細化して機械的性質を改善する処理です。
鉄鋼の焼きならしは、JIS B 6911で規定されています。
熱処理としては、約800℃から空冷を行います。
この処理は、焼きなましよりは硬く、焼入よりは柔らかくなります。
焼きならしを行うことで鉄は本来の強度と硬さが得られます。
この硬さは鉄の成分によって変わるので焼入のように硬度が狙えないのが特徴です。
2015.05.08 更新:TN
浸炭焼入とは、
鉄を焼入して硬くなるにはいくつかの条件が必要です。
ひとつは鉄の中に含まれる炭素量が大きく影響しています。
一般的な構造用鋼として、SS400というものがあります。
SS400を焼入しても硬さはそれほど変わりません。
SS400の中に含まれている炭素量が少ないからです。
また、S15CやS25C等も炭素量が少ない為(0.15%~0.25%)
焼入が出来ません。
このような鋼(はがね)のことは、肌焼き鋼ともいわれます。
炭素量の少ない鋼種に焼入れをする方法として、
浸炭焼入という方法があります。
原理としては、炭素量の少ない鋼種を炉の中に入れて
炉の中の空気を特殊なガスにします。
そのガスは鉄の中に炭素を浸みこませる働きをするため、
中に入っている鉄は表面だけ炭素量が多くなります。
その鉄を焼入処理すると、表面の層が固くなります。
逆に内側の炭素量が少ない部分はやわらかいままです。
そのため、焼きの入らない安い鉄でも、必要な部分のみを
硬くさせる事が出来ます。
自動車部品などさまざまな機械部品に使われている焼入れ方法です。
欠点としては、硬い層を厚くすればするほど技術的に難しくなるようです。
その為、深くまで硬い層が必要な場合は他の鋼種を使うことがあります。
2015.07.03 更新:TK
・高周波焼入とは
高周波焼入とは、コイルと呼ばれる鉄芯に導線を巻いたモノに
交流電流を流し、電磁誘導を利用して対象物を非接触に加熱し
冷却水で冷却を行います。
・メリット
金属を直接加熱出来るので、熱効率が良く作業時間が
短くなります。
部分的に加熱冷却が可能の為、必要最低限の部分のみを
焼入出来、変形等が少なく出来る場合もあります。
・デメリット
対象物が大きく、複雑な形状のものは、電流が一定にならず、
焼入がうまく出来ない等の処理が難しいものがあります。
焼きむらや変形等が大きなる場合もあります。
他に、製品ごとに適したコイルを製作する必要があり、
単品モノやテスト形状などの場合向いていない事もあります。
2015.08.31 更新:TK
・真空焼入とは
真空焼入とは、文字通り炉内を真空に近い状態にし、
鉄を酸化させる酸素等を取り除いた状態で加熱、冷却を行う
焼入れ方法です。
炉内は酸素の代わりに、窒素ガスをわずかに充填し加熱し、
冷却時は、設備によって異なります。
1. 加圧ガス冷却(窒素ガスを200~500kPaで充填し、気流で冷却する)
※通常の大気圧が100kPa程度
2. 油or水冷却槽で冷却
・メリット
処理中は、鉄を酸化させる酸素が無い為、
変色や酸化スケール等がつきません。
焼入後にも光沢等が必要な場合には最適な方法です。
全体を焼入出来る為、焼きむら、変形等が少ない事もあります。
・デメリット
加圧ガス冷却のみでは、焼入可能な鋼種が限られます。
通常のS45CやSCM440では、より速い冷却が必要の為、
油冷を行う必要があり、冷却槽が必要になります。
弊社の焼入設備は、
加圧ガス冷却方法を採用しており、
ダイス鋼をメインで焼入戻しを行っています。
2015.09.30 更新:TK
・焼入歪について
焼入れを行うと、大なり小なり、必ず歪が発生します。
小さい製品など(手のひら大程度)は、
目立つ歪は発生しない事もありますが、
厳密に測定すると必ず発生しています。
この現象は、焼入によって金属組織がマルテンサイト化することで
体積が変わってしまう事が主な原因です。
歪みを最小でする為には、
膨大な経験を元に、製品の形状に最適な治具(製品を配置する道具)
やセット方案を確立していく必要があります。
「熱処理は炉の中に入れておくだけで仕事が出来る」
と思われるかもしれませんが、
確かに硬度を入れるだけであれば、温度、冷却を
正しくすれば良いですが、製品としての歪み、寸法精度を求めるなら、
経験と勘、データ等が非常に重要になってきます。
追求していけば、意外と奥が深い処理です。
2016.01.19 更新:TK
・サブゼロ処理
炭素量の多い材料(S50C~)を焼入すると、
残留オーステナイト(マルテン化出来ない組織)が
多く残る傾向があります。
その場合、焼入完了後に-70℃以上にすることで
残留オーステナイトをマルテン化させる事が出来ます。
学術書等には、
焼入→冷却→常温→湯戻し(~100℃)→サブゼロ(-70℃以上)→常温
と書いてあることもあります。
(湯戻しの理由は、急激な組織の変化による割れを防止するため。)
弊社では、大型用のサブゼロ装置を導入しており、
最大1,000kgまで処理可能です。
また設定温度を-70~-130℃まで設定可能の為、
-130℃での超サブゼロ処理が可能です。
2016.04.01 更新:TK
・硬さ測定について
熱処理が成功しているかしていないかを
判断する検査方法の一つとして、材料の表面の硬さを測定する事が挙げられます。
硬さを測定方法として様々な方法が考案されています。
主によく使われている方法として、
・ビッカース硬さ測定(HV)
・ブリネル硬さ測定(HB)
・ロックウェル硬さ測定(HR)
・ショア硬さ
等があります。
これらは、主に製品表面に圧痕を付けて、凹みを顕微鏡で測定するものから
沈み込みを機械的に読み取るもの、
ハンマーを打ちつけて、跳ね返り量から測定するもの
等様々な方式が取られています。
弊社では、ロックウェル硬さ測定とショア硬さ測定のどちらか
製品に合った方法を採用しています。
2016.05.31 更新:TK